限定承認

 

民法922条では,「相続人は,相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して,相続の承認をすることができる。」と規定しております。

 

相続人にとって,相続が開始しても,被相続人の財産や負債の金額が正確に分からない場合もあり,万が一負債の方がプラス財産より多額であったとしても,引き継いだプラス財産の限度で債務(マイナス財産)の弁済等を行う方法です。

プラス財産の方が多いと思って相続を単純承認した後になって多額の負債が出てくる場合もありますし,相続の放棄をしてしまうと,次順位の方が相続人となりますので,次順位の相続人に多少の迷惑が掛かってしまう場合もあり得ますし,放棄をすると,被相続人の所有していた不動産等も手放すことになるため,思い出の場所も手放さなくてはなりません。

相続の単純承認と放棄の中間的なものとして,この限定承認があります。

プラスの財産の範囲でマイナス財産を支払えばよいのなら,こんなうまい話はない,と考える人もいると思いますが,まず,単純承認を選択する場合には,特にどこかに単純承認を宣言する必要はなく,淡々と不動産の名義を変え,預貯金を解約するなどの相続の手続きをすればそれで足ります。

一方,相続の放棄は,被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対し,放棄の申述をしなければならず,相続放棄申述受理申立書を作成したり必要書類を収集したりしなければなりませんが,手続的には,そんなに複雑なものではなく(被相続人の死亡後数年経っているような場合は,少し難しくなりますが),特に問題がなければ裁判所に申立てをしてから2か月程度で,相続放棄申述受理通知が送付されて,裁判所での手続きは終了します。

本論の限定承認ですが,これは,複数相続人がいる場合,単純承認や相続の放棄の場合には,各相続人が単独で行えるのに対し,限定承認は,相続人全員が共同して行う必要があります。 一人でも反対すれば,この限定承認は利用できません。なお,共同相続人のうち1名が相続の放棄をした場合,残りの相続人が共同して行えば可能です。

また,限定承認は,財産目録の作成から,家庭裁判所への申立て,財産の管理,官報公告,個別催告,財産の処分,配当手付き,譲渡所得税の問題など法律の知識が必要になりますし,期限が定められている作業もあって,簡単な手続きではありません。

 

譲渡所得税について,相続財産の中に,(被相続人が)購入した時の価額より相続開始時点において価額が上昇(キャピタルゲイン)している財産(例えば不動産や株式等)がある場合,相続開始時点で譲渡したものとみなして譲渡所得税が課税されます。

単純承認の場合は,相続人が,相続した財産を売却しない限り発生しない譲渡所得税が,前倒し的に課税されてしまう問題があります。

被相続人の購入原価を引き継ぎますが,被相続人が,当該財産を購入した金額が不明な場合は,売却処分価格の5パーセント相当額が購入原価として取り扱われるため,価格上昇益(キャピタルゲイン)が多きくなる場合が結構あると思われます。

この申告は,被相続人の存命中の財産について,被相続人の所得として相続財産から清算させようとするものですので,準確定申告の方法で行うことになります。

なお,この譲渡所得税の支払いは,被相続人の相続財産から支出し,しかも優先債権であることから,配当の際には,まずは,この支払いに充てることになり,残余額をその他の債権者に配当(按分配当)することになります。

 

そのため,よい制度だと思いますが,複雑,面倒で時間もかかることから,この限定承認を選択される方が少ないのだと思われます。

なお,面倒で時間もかかると述べましたが,これらを専門家に手伝ってもらえれば,面倒さから解放されることも付け加えておきます。

 

限定承認の申立てをしようとする要件は,自己のために相続の開始があったことを知ってから3か月以内に,相続人全員が共同して,被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対し,限定承認する旨の申述をすることになります。

申立の趣旨は,「被相続人の相続を限定承認します」ということになり,財産目録を作成して申立書と一緒に家庭裁判所に提出します。

申立てに際し必要な書類(第一順位相続人の場合)は,

①被相続人の出生時から死亡時までのつながりのある除籍謄本(改製原戸籍謄本)

②被相続人の住民票除票または戸籍の附票

③申述人全員の(現在の)戸籍謄本

④被相続人の子で死亡している方がいる場合,その子の出生時から死亡時までのつながりのある除籍謄本(改製原戸籍謄本)

 

申立書に貼る収入印紙は,800円で,予納郵券が,申述人の数や裁判所の取扱いによって変わってきますが,申述人3名で500円くらいです。

複数申述人がいる場合は,相続財産の管理人が原則1名,相続人の中から選任されますので,適任者がいれば,申立書の記載の中で,候補者として上申しておくことも検討してください。

 

申立後について

申立書を家庭裁判所に提出して,問題がなければ,相続の限定承認の申述が受理され(審判書の謄本が送付されます),複数申述人がいる場合には,原則1名の相続財産の管理人が選任されます。

民法927条では,限定承認者は,限定承認をした後5日以内に,全ての相続債権者及び受遺者に対し,限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求を申出をすべき旨を公告しなければならない,と規定されており,民法936条3項において,927条1項中,限定承認をした後5日以内とあるのは,その相続財産の管理人の選任があった後10日以内,と読み替えるとの規定があります。

したがって,限定承認者が1名の場合は,この官報公告を相続の限定承認が受理されてから5日以内に,複数いる場合には,相続財産の管理人が選任されてから(限定承認の申述の受理と同時)10日以内に行わなければならないことになります。

相続の限定承認受理通知書は,何もしなければ郵送で送付されますが,受理された日から既に数日経過して手元に届く場合もあるため,官報販売所には事前に掲載日などを確認し打ち合わせをしておく必要があります。

また,知れている債権者には,各別の催告も行う必要があるため,催告書を作成の上,債権者に通知することになります。

 

財産の換価

被相続人のプラス財産が,債務の引き当てになるため,プラス財産の換価手続きは,公正に行われなければなりません。

民法932条では,原則,相続財産の売却は,競売による方法となっています。

また,同条ただし書では,「家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済して,その競売を止めることができる,と規定されています。

競売の場合は,相続人等親族が買い取れる可能性が100%でなく,第三者に落札される可能性がありますし,そもそも,限定承認をした相続人は債務者にあたることから,競売手続きに参加することができません。

愛着のある不動産や事業などを守るために限定承認を選択する相続人もいますので,これでは本末転倒です。

そこで,ただし書の規定によって,家庭裁判所に鑑定人を選任してもらい,鑑定価額以上の金員を相続財産の管理人に支払えば,その財産を買い取った相続人の名義にすることができます。

なお,この権利(先買権)の行使ができるのは,限定承認をした相続人だけが,これを行うことができます。

したがって,鑑定価額を用意できれば,被相続人の財産を相続人の財産にすることが可能となるのです。

単純化して述べれば,不動産の鑑定評価額が500万円,負債が1000万円(抵当権設定なしとする)の場合で,鑑定価額500万円を相続財産の管理人に交付すれば,残りの負債500万円は支払う必要がないことになります。

 

不動産の登記手続きはどうなるのか?

限定承認は,単純承認でもなく相続の放棄でもないが,被相続人の財産を限定があるものの承継する手続きであるため,法定相続による所有権移転手続きをまずは行うことになります。

 

限定承認者A(妻)・B(子)とした場合

法定相続分による相続登記を行うと,

持分2分の1 A

持分2分の1 B

 

なお,法定相続分と異なる割合で相続登記を行うと,相続人間における財産の処分とも評価し得るため,まずは,法定相続分に基づいて相続登記を行う必要がある。

 

次に,A(妻)が,先買権を行使して,鑑定評価額500万円を相続財産の管理人に交付した場合

 

登記の目的 B持分全部移転

原   因 民法932条ただし書による価額弁済

権利者   持分2分の1 A

義務者          B

 

これで,A(妻)の単独所有の不動産になるのです。

 

ここまででの問題点として,

①鑑定人選任の申立ての際の鑑定費用等は,どこから支出するのか?

これは,申立てをした限定承認者の負担になると考えられますので,被相続人の相続財産からの支出は避けるべきです。

②鑑定評価額の支払原始はどうしたらよいか?

先買権を行使する自己の財産から支弁する必要がありますが,生命保険金があれば,この保険金で支払うことも可能です。

なお,生命保険金ですが,全てではありませんが,例えば,保険金受取人が特定の相続人と指定されている場合は,相続財産とはならず,指定された相続人の固有財産となるため,このような保険契約の場合には,例え相続の放棄をしても,保険金は,相続人が受領することができます。

 

限定承認の相続財産の管理人は,相続人不存在時の相続財産管理人や不在者財産管理人と違って,裁判所の監督を受けませんので,特に,選任後の報告義務などは定められておりません。

全て,相続財産の管理人の裁量と責任で行う必要があり,清算弁済手続きに瑕疵があった場合は,損害賠償の責めを負うことになるため,注意が必要です。

 

配当手続き

上記のとおり,相続財産の管理人は,相続財産を競売又は鑑定人の鑑定評価額以上の金員を受領し,換価手続きが完了され,相続債務の弁済が実行されて,限定承認の手続きは終了します。

配当順序

①優先債権

②一般債権

③受遺者

④期間内に申出をしなかった債権者,知れていない債権者

⑤期間内に申出をしなかった受遺者

 

相続財産の管理人は,弁済期にない債権であっても,弁済をしなければなりませんし,条件付き債権又は存続期間の不確定な債権は,家庭裁判所の選任した鑑定人の評価に従って弁済しなければなりません。